風の停留所

母の看取りをきっかけに意識や生と死について探究しています。内側に湧いたものを表現する練習中です。

どこで生きていく

日曜日。今日は昨日よりも風が冷たい。

ずっと夏のような暑さが続いていたけれど冬に戻ったのだろうか。あれ?今は秋だったか。

気温が上がれば、「ナニコレ、暑すぎない!?」

気温が下がれば「やだ、寒すぎる!」

 

本当はどっちを望んでいるのだろうか、にんげんってわがままやねぇ。

 

 

今日は潜在数秘術を見てくれた人のオンラインワークショップに参加した。

どんな環境で誰と過ごすのかを考えるワーク。

 

改めて整理してみたところ、

自分の心地よい環境は、

・ある程度開けた場所が好き、全面に囲われた空間は不安になる

・自分だけのスペースが絶対に必要

・細かい制約は窮屈に感じるけれど、大きな枠組みがあると、その中で工夫することに楽しみを見出すことがある

・意見が交換できるのが心地よい

・気を遣うと体に力が入る、自虐を聞くと耳がシャットダウンする

・自分の中で聴きたくない(人のうわさ話など)内容を聞くと言葉が脳で変換されなくなる

・新しいもの、知らない世界に触れるのが好き

・探求できる環境だとのびのびやれる

・情報が多いと疲労感が増す(TVの音が苦手)

 

などなど。

 

とっても自分の特性が表れている。。。

わたしはひとと交流するのも好きではあるけれど、自分だけの空間がないとストレスが溜まってしまうタイプ。まったく自分だけの空間で絵を描いたり読書したりがしたい。呼吸を整えるのも、人と一緒だと合わせることに集中してしまう。個人競技タイプの人間なんだと思う。スポーツ自体、マラソンしかやったことないけど。

 

それでも自分の時間が大切だからと言って、孤独を好んでいるわけではない。

ひとのことを観察する癖があり、以前後輩に「ほんとに細かく見てますね!」と言われた。自分では普通なんだけど、視方が違うらしい。

いろんなひとの表情を観たり、考えに触れるのはわたしにとっての興味爆発物だ。

探求したい対象がひとだということに、大人になってから気づいてきた。

 

その時その時で自分が描く想いも選ぶ環境も変化していく。

自分の中の指針に気づいている中で選んでいけばいい。

 

サボテンはヒヤシンスのように水耕栽培できないし、きのこはヒマワリのように太陽の下では育たない。

それぞれを生かす環境は違う。どんな環境なら満開に咲くのか?大きく育つのかを考えよう。

 

 わ、わかりやすい・・・!

 

わたしたちにんげんも同じだ。それぞれを生かす場所でのびのび生きていいんだ。

利用者さんにはいつもそんな思いで接しているのに、なんで自分のことは乱暴になってしまうのだろう?

 

自分で探し、選択し、作っていく環境。

どんな瞬間で人生を満たしていきたいんだろう

 

思考は止まらない・・・

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