風の停留所

母の看取りをきっかけに意識や生と死について探究しています。内側に湧いたものを表現する練習中です。

夢でもし逢えたら

久々にハハの夢をみた。

 

ここ数週間、なんだか暴食が続いていた。間食が明らかに増えていたし、食べるものも自分の体には合っていない物ばかりだった。

間食の手が止まらないのはなぜだろう。

 

すぐに答えが出てきた。

わたしはハハに甘えたかったのだ。

 

ハハは栄養学に知識もあったし、わたしの身体がほんとうは強くないことも気にかけていた。

わたしは割と根性で乗り切る性格で、多少のしんどさがあっても、勢いをつけて実行することにこだわっていることが多い。ただ体力はないので人の視えないところではトドのように寝そべっていないと回復できなかった。

ハハも根性タイプだったからか、わたしの行動はお見通しだったし、だからこそ心配してた。

 

実家を離れ、県外やら国外に出ていった娘を見守るのは、さぞ大変だっただろう。

 

 

そんなハハが想像しているよりも早く、肉体を離れて1年。

逢いたいと思っても、夢のなかにもちっともハハはでてきやしない。

レアキャラになっていた。意識の中にはいっつも居るのに。

 

 

ハハはじぶんの中に居る、そんな感覚もある。

想えば、ハハとチチの細胞からできているのだから、二人とも自分の中の一部だともいえるような気もする。すべてではなく、一部だけれども。一緒に居た時間が長い分、亡くなってからハハが自分の中に居る感覚は強くなった。

 

それでも逢いたい時があるのだ。肉体がいいのだ。生身のハハがいい。

いくつだよと笑われても呆れられても、わたしは駄々をこねていたかった。

わたしは情けない奴なのだ。間食ばっかしてぜい肉はついたし、栄養不足で口内炎もできた。肌も荒れている。寝不足でクマがファンデーションで隠せない。

 

だから、そんなダメなわたしを怒りに来てよ。「だめじゃない」と言ってほしい。

「身体大事にしてよ」と叱ってほしい。

 

 

自分が弱っていたら、幽霊でも夢でも出てきてくれないかなぁ、なんてこころの奥の方でこっそり企んでいた。

が、かみさまに企みがバレていたからかハハのことを全く夢にでてきていなかった。

 

そんなハハが夢に出てきたのが、今朝のこと。

夢の中でハハはわたしを叱ることはなかった。というより、夢の中でまだハハは闘病していた。これはわたしの中にある記憶が闘病で止まっているからだろうか。

詳細は忘れたけれど、ハハを抱きしめた時、夢から醒めた。

 

夢の内容はあんまりハッピーではなかったけれど、それでも逢えたのは嬉しかった。

きっと、またしばらくハハの夢は見ないんだろうなぁ。

 

そして、またよかったり悪かったりを行き来しながら、自分の身体を使っていく日々が続いていく

 

 

 

 

テレビで久々にハハの好きな布施明さんが唄っていて、気づいたら涙が出ていた。

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聴こえていたでしょ?