風の停留所

母の看取りをきっかけに意識や生と死について探究しています。内側に湧いたものを表現する練習中です。

ただのおんなのこだった時

雨降りの土曜日。

でかけるのためらう祖母を連れて歯医者へ。ずっと噛み合わせが気になっていたけれど、コロナがあるし…としぶってきた。が、コロナ収束を待っていると、祖母の食事に影響がどんどん出てくるのが先になりそうだったので、いざ治療へGO!

嫌がる祖母。寝ているところを起こして早く支度しろと言われたらそりゃあ不機嫌になるよね。「別に一昨日の腫れもひいたし、もういいわー」と。

「まぁまぁ、終わったら向かいのスーパーで天ぷら買おう。んでお昼は天ぷらうどんだよ!」

食べ物でつると、ひとはついてくる。祖母は確実についてくる。

 

歯医者で診察室の椅子に座った祖母、無口で小さくなっている。もしかして、緊張してる?

「いや、別にそういうんじゃないけど」

よく考えたら、自分は治療してもらったことがあっても、人が治療しているところを見るのは初めてだった。先生にも祖母が心細そうに見えたのか、隅の方で見守らせてくれた。

 

入れ歯を作り直すことになった祖母。今日は型をとることになった。

「先生、わたしあのどろどろ、嫌いなんだわー」と伝える祖母ににこやかな笑顔で「すぐ終わるでねー」と準備をする先生。

椅子を倒されると、祖母がどきどきしているのが分かった。

「はーい、力抜いてリラックスしてねー」

「んふごごっっっ!」

・・・・全身ガッチガチで苦しそうな祖母。

歯の型を取るので、鼻で呼吸をしなければいけないのだが、祖母は鼻呼吸ができなかった。口で呼吸したら、そりゃあ型どりのピンクのネチョネチョが口を占拠していて苦しいし気持ち悪くなる。鼻だってば!

涙を流しながら全身がこわばる祖母の手を触ると、ものすごい力で握ってきた。

鼻呼吸の仕方も、脱力の仕方も、祖母の頭にはなかったようだ。

「がんばっ・・・ちゃいかんな、りらーーっくす!力抜くんだよ!」と言って手をさするが、どんどん力が入る…。

先生が頑張ってくれたおかげで、倒した椅子を起こした状態ながらなんとか型がとれた。先生も祖母もちょっと疲れたようだった。

 

幼いころ、歯医者に連れて行ってくれたのは祖母だった。習い事に送り迎えしてくれたり、買い物だったりも一緒に出掛けた。こどもの時は連れていく側になるとは思ってもみなかったけれど、なんだか忘れていった過去のことを、またひとつひとつ記憶の中から拾い出したいななんて思ったりもする。

ちょうど習っていたダンスの写真が出てきたから余計にそう感じたのかも。祖母がいなければ続けられなかった。

 

診察室の椅子の上の祖母はちいさいこどもの様で、なんだかちょっとせつなくもかわいかった。どんだけ強気でいても、この場ではにんげんはちいさいひとになる。

祖母もあかちゃんで生まれて、こどものときがあって、戦争を経験しながらも、同じようにくだらないことで笑ったり落ち込んだりしながら生きてきたんだよなぁと想うと不思議だ。わたしは祖母が祖母になる前は知らないけれど、ただのおんなのこの時代があったんだなぁ。ほんとうに当たり前なことだけど、ただのあかちゃんで生まれてくる、それをみんなやってきたんだなぁ、と考えると、みんな仲間なんだなぁと想えてくる。

ちょっとやさしいきもちで世界を観られる気がしてくる。

 

 

祖母との生活は、喧嘩、喧嘩、喧嘩、たまにほっこり。たまに笑って、しんみりして、また文句言い合っての、繰り返し。いつまで続けられるかな。

 

うどんに載せるてんぷらはわたしはぜったい後載せがいい。祖母はふにゃふにゃ派。

これだけは譲れないぞ。

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