風の停留所

母の看取りをきっかけに意識や生と死について探究しています。内側に湧いたものを表現する練習中です。

わたしの価値観(お金の話)

昨日ブログに書いたことをきっかけに、

 

momonootayori.hatenablog.com

無事奨学金を返還する手続きをした。

確認したら、残りの返済額が100万ちょっとだった。

普段ズボラすぎて確認してなかったけど、なんというタイミング。

迷わず完済ぽちっとな。

 

やった~!すがすがしい!

と手を挙げて叫びたいけれども、実はまだ別の奨学金が残っている。

コツコツ返済する日々は続きそうだ。

 

 

お金についての価値観についていろんな意見を耳にする。

お金ダイスキ♡のひとも、

お金なんてこの世からなくなっちまえばいい!のひとも

お金で苦労したくない・・・のひとも、わたしの周りにはそれぞれいる。

 

お金の価値観ってそのひとの生活のベースや世の中のとらえ方に大きく影響するんだなと話を聴くたびに想う。

 

 

わたしはどうだろう。

お金は好きとか嫌いとかの対象になったことはない気がする

あれば、どう使うかなぁと考えるし、なければ、やっぱりじゃあどうしよっかなーと考えている。

 

もし行きたい場所があって、お金があるなら新幹線を使うだろうし、なかったら鈍行でいく。もっとなかったら高速バスだし、全然なかったらヒッチハイク、ともだちに頼む。方法をひねりまくる。こねこねとパンのように。

全くそれも難しかったら、熟成期間。かなうように準備すればいいのだ。

 

 

ひとにお金をあげる実験もしてみた。

お金なくて困ってます!という人がSNSで現れたのでまるっと差し上げた。

機械を通してだと、自分のお金が他者に渡ったという感覚は正直あまりなかった。

通帳に数字が印刷されたのを見ても、ぴんとこないって感じだ。

でも受け取った相手からビックリマークを付けまくった激熱な返事が来て、わたしは笑えて「なかなかハッピーだなぁ!」と想った。

文面がとってもしあわせそうだったので、渡してよかったな、ウヒヒ!と笑った。

 

お金は循環する。それってとってもおもしろいなぁと想う。

わたしの財布にある夏目漱石は、いまは”わたしの”千円。

だけど、買い物して会計をすればスーパーのレジへ吸い込まれていく。

そしたら後ろに並んでるおばちゃんの財布へと旅立つのかも。店の金庫へとしまわれるのかな?

お金のひとつひとつに、私たちは普段意識をしていないけれど、ずっと運ばれ続けている、旅人のようだなぁ・・・

 

目には見えない価値観を共有してるってのも、なんだかすごいやんけと思えてならない。これだけ文化やら生活の仕方が違っても、お金というシステムの存在をそれぞれ認識してるなんてなぁ・・すごいことだ。

 

 

お金がなければしあわせになれないのだろうか?

お金がなくなれば、みんなへいわでいられるのだろうか?

友人から聞かれた。

わたしにはよくわからない。

ただ、お金のシステムがあることで選択肢が増えると想っている。

 

 お金のことで強い想いがある人は、それだけお金が気になる存在なのかもしれない。

経済のシステムがない方がいいと強く強く想うのは、お金で苦労した、哀しかったり辛い思いをした、そういう経験があるのかもしれないな、と考えた。

 

 

価値観ってみんなばらばらだ。

お金ひとつとっても。

何を高いと想うのか、安いと想うのか。価値があると決めるのか。

 

その時、その環境で変わってくるのだろう。

そんなごちゃまぜの世界は、やっぱり不思議。

 

f:id:momonootayori:20201221005513j:plain