風の停留所

母の看取りをきっかけに意識や生と死について探究しています。内側に湧いたものを表現する練習中です。

にがてなことをする

うすピンクと黄色のカーネーションを飾った。

やっぱり花がある部屋はいいなぁ。

 

きれいなものがあると、うれしいでしょ?

春の風がきもちいい。

あなたも感じているのだろうか。

 

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手作りしていたマスクがやっと完成した。

4日以上かかった!ほかになーんにもしてないのに4日!

ミシンはもっていないから地道な手縫いである。

 

しかし、ただの手縫いではない。

私はものすごく裁縫が苦手なのだ。

 

小学生の家庭科の授業から地獄が始まった。

まず、針に糸を通せない。

何っ回やっても通らない。

やっとこさ通して「ふう…(にやり)」と気が緩んだところで糸は針から離れてしまう。

・・・・何故なのだい?

 

文明の利器で今の世には「糸通し」なるものがあり、わたしの裁縫セットにも入っていた。

このお顔は誰なんじゃ?とみてみるけど、なんだか兵士のようだが世界史が苦手だったので思い出せない。

使い方は単純だ。

糸通しの針金部分を針穴に通して、そこに糸をくぐらせて引っ張るだけ。

シンプル!簡単ダァ!

調子に乗っていた。

 

針穴に通して、糸をくぐらせて思いっきり引っ張ってしまった。

なんなら調子乗って鼻唄唄いそうだったのに。

 

針金はわたしの引っ張る力に耐えられず変形し、ひし形ではなくなった。

それでも負けずによじれたひし形を無理やり針に通して使った。

こういうところが私の悪いところだ。

 

針に糸を通すのにもこんだけ苦労しているのに、

型紙を切るのにも必死。

型紙に合わせて布を切っているはずなのに、完成すると予想したサイズと全然違うのは何故だ。

中学校の技術の授業で、木工のブックエンドを作った時も、

友人の設計図をまるまる移したのに、

完成したらサイズあまりの謎な板が一枚でてきた。

その時、計画的に作業することは、わたしには担当外だぞと悟ったのだった。

 

そんな私が4日間かけて作ったマスク。

何度も手に刺したけど、間違えて縫って、ほどいてを繰り返したけど、

一応できた!

ゴムが短いのでずっとつけると耳が痛いことと、異様にでかくなってしまい、顔がほとんど覆われてしまうのが難点だが、

まぁ良しとしよう。

 

苦手なことに挑戦するのも、悪くない。

悟った先に見えたものは、

集中力がない、作業が荒い、でもいいものを作りたいという意気込みはあふれている、やったことは最後までやりたい気持ちもあるという、でこぼこなじぶんの姿だった。

 

人前でつけるのは恥ずかしいできだが、よきよき。

自分で作ると愛嬌がわくものだ。

 

にがてなものは苦手。でも苦手をやってみてもいい。