風の停留所

母の看取りをきっかけに意識や生と死について探究しています。内側に湧いたものを表現する練習中です。

わたしの誠実

あたたかくなった。桜も風になびいて気持ちよさそうだ。

桜咲いてて空いてるところ、どこかあるかなぁ。

卒業、転勤や転職、引っ越しなど、次のステップへの変化の多い季節。オンラインでのコミュニケーションが増えてきた中、オフラインでの動きの仕方も色々変わってきているんだろうなぁ。

 

1年前の3月は、ちょうど退職をした時期だった。

それまで活動していたチームから人が抜け、下から数えた方が早かったわたしが部署をまとめる立場になってから、そんなに日は経っていなかったけど、

辞めるまでは長かったのか、短かったのか。どうだったかな。

 

小さな会社の中では、人間関係がとても露わになる。毎日部署で会議をして、それを上の役職と話し合うことを何か月か続けていた。

夜眠れない日が増えていき、これはよくない気がする…と思っていたところで、朝布団から起き上がれなった日があった。前日にはパニックで手が震えていた。

 

もう、だめ。ここにいてはいけない。

決断したのは、ハハが亡くなって、ごまかして生きるのはやめようと決めたことが背中を押したのかもしれない。

 

 

「こんな大変なときに、辞めるなんて」そうやって陰で言われていた気がする。

確かに「今辞めたら、人に迷惑をかける」という呪い(?)は、倒れるスレスレのわたしを何度もくい止めた。

 

でも対人援助の仕事をしている中で、自分がこんなにも弱弱しく、精神的に不衛生な状態なまま、利用者さんに接したくなかった。

それはわたしの中で不誠実なことだった。

 

「健康で楽しく過ごすことが一番だよ」いつもそう伝えていたのに、自分が一番程遠いなんて、そんなひとを信じられるだろうか?

 

そんな想いからわたしは職場を去った。

利用者さんはみんな大好きだったから、辞めてからも何度も思い出し、しあわせを祈った。

 

そして長い夏休み。と思ったらやってきたコロナ。

有休消化から半年以上、自宅で本を読む日々を過ごした。

ひとり旅もしづらい世の中になってしまった。

これよと機会に興味のある本を読んでいった。

 

 

お財布はぺらっぺらになったけれど、わたしが欲しかった時間だったし、必要な時間だったかなと想う。

 

 

離れてみて感じることも、違ったりそのまま変わらずだったりだ。

たった1年で状況も心境も変わるんだなぁ。

わたしが想っているよりも、1年というのは大きい。変わろうと思えばいくらでも変われるんだな。

 

来年の今頃、わたしはどこで何をしているのだろう?わたしはわたしに誠実でいるだろうか。

 

答え合わせは1年後。

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