風の停留所

母の看取りをきっかけに意識や生と死について探究しています。内側に湧いたものを表現する練習中です。

わたしが視る世界は

いつからか、写真を撮ることが当たり前になった。

初めてデジカメを買った時、嬉しくてなんでも身近なものを撮りまくっていた。

人も花も空も、撮れば撮るだけこころが踊る。

 

景色はひとつでも、どう切り取るかはひとそれぞれで、無限に変化する。

 

一眼を抱えて歩き回る友人に感化され、お店でいちばん安くてちいさな一眼レフを買った。

ただの素人なので、テクニックなんかはよく分からない。

ただ、どこに行くでも持って歩いていた。

この美しさをどう表したらいいのだろう・・そう思いながらファインダーをのぞいた。

 

 

今はスマホにカメラがついている。パノラマもあれば、ムービーも簡単に取れるし、編集もできる。

一眼を持ち歩くことは少なくなったが、やっぱり写真を撮るということは面白い。

 

意図していない美しさが映っていたりして、見返してびっくりすることがある。

このブログにも一つの記事に1枚写真を載せている。

 

素人の自分だが、気持ちに合うものを載せれるとなんだか、よし。と、背筋が伸びる。

 

 

 

きっと、写真を撮っている時は、わたしがこころに留めておきたいと願った時だ。

無欲なときほど、写真は勝手に輝いている。

 

流れていく日々のなか、わたしが大切にしたいものはなんだろう

こころに置いておきたいものはなんだろう

 

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たんぽぽの綿毛を見るとこころが躍りだす